大判例

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新潟地方裁判所 昭和54年(わ)352号 判決

主文

被告人木村毅を懲役五月に処する。

被告人高桑一衛、同小沼修衛及び同横川一樹をそれぞれ罰金二〇万円に処する。

被告人高桑一衛、同小沼修衛及び同横川一樹において右罰金を完納することができないときは、金四〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

被告人木村毅に対し、この裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人四名の連帯負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

一  被告人らの地位、身分等

1  本件当時、被告人高桑は、新潟県地方公務員労働組合共闘会議(以下、地公労という。)議長(新潟県職員労働組合執行委員長)、同小沼は、地公労副議長(新潟県高等学校教職員組合執行委員長)、同木村は、地公労事務局長(右高教組書記長)、同横川は、地公労幹事(同執行委員)であつた。

2  ところで、地公労は、全日本自治団体労働組合新潟県本部、(含、新潟県職員労働組合)、新潟県教職員組合、新潟県高等学校教職員組合の三つの単組によつて構成されている組織であり、傘下の組合員数は約五万人である。そして、それぞれの単組から選出された役員二三名をもつて幹事会(議長一名、副議長三名、事務局長一名、事務局次長二名、幹事一六名)を構成し、評議員会の定めた基本方針に基づいて、県当局との団体交渉等の任に当つているが、その交渉の中心となるのは、三単組に共通する賃金問題等の労働条件に関する事項である。

二  「職員の退職手当に関する条例」の改正をめぐる県当局と地公労の交渉経過等

1  新潟県では、所定の勧奨年令を超えてなお在職する職員が相当数存在することに鑑み、勧奨に応じて退職する職員と、勧奨年令を超えて在職し、その後退職する職員との間の退職金の金額等についての不均衡を是正するとともに、公平な人事管理と行政効率の増進を図るため、従来、退職金の金額の算定に当つては、勧奨年令を超えて在職した後についても、その勤続期間を通算し、また基準となる給料月額に、その後の昇給、ベースアツプを反映させていたのを、勧奨年令時の勤続期間と給料月額に固定し、その後の勤務期間や昇給等は一切これに反映させないものとするところの「職員の退職手当に関する条例」(昭和三七年一二月二八日新潟県条例第四九号。)の一部改正を企図した。

2  右条例改正案の大綱は、昭和五三年一一月二一日、県当局から地公労の役員に提示され、翌昭和五四年五月二九日以後、具体化した改正案について、同年六月県議会での上程、可決を目指す県当局と、労働条件の著しい改悪であるとしてこれを阻止しようとする地公労との間で、交渉が重ねられたが、基本的な考え方の相違もあつて、交渉は難航した。そこで、県当局は、この上交渉を重ねても妥協点は見出し難いと判断して、同年六月二六日に至り、既に会期中であつた六月県議会に右条例改正案を追加提案するに至つた(第八三号議案)。同月二八日、右改正案は総務文教委員会(以下、総文委という。)に付託され、同委員会で審議が行なわれることとなつた。

一方、右改正案が労使の妥結をみないまま県議会に提案されたものであるため、祢津文雄県議会議長から、労使双方に対し、交渉をさらに煮つめるようにとの斡旋がなされ、右委員会審議と並行して、県当局と地公労との交渉が再開され、同月二八日から三〇日にかけて、鶴田寛県総務部長が、鋭意地公労との交渉に当つた。この間の交渉においては、双方に若干の歩み寄りの姿勢がみられたものの、結局、交渉は妥結するには至らず、同月三〇日の鶴田総務部長との交渉を最後に、両者の交渉は暗礁に乗り上げた形となつた。以後、地公労側は、君健男知事との直接交渉を再三にわたつて強く要請したが、県当局は、知事交渉はもはや無意味であるとして、これを拒否する状態が続いていた。

3  この間、県当局では、改正案に対する新潟県人事委員会の意見も参考にして、同年七月二日、改正案の一部修正(条例施行時において既に勧奨年令を超えて在職している者につき、勧奨年令時以後条例施行時までのベースアツプ分を退職金計算に当つて考慮することにするもの)を行なつた。総文委では、この修正された改正案について、前記県当局と地公労の交渉経過も踏まえて審議を継続し、同月四日にはすべての質疑応答を終了して、あとは翌五日に予定されている委員会採決を待つばかりの状態となつた。

4  ところで、当時の総文委は、小杉説次郎(自由民主党)を委員長、広井忠男(同)を副委員長とし、自由民主党九名(南雲順一、高橋正、轡田勝弥、熊倉勘一、小林脩、古川渉、長谷川〓雄、遠山作助、山岸敏夫――但し、当時病気入院中)、日本社会党三名(小川義男、目黒吉之助、勝又一郎)、県政会一名(吉田吉平)、日本共産党一名(福島富)の各委員をもつて構成されていた。第八三号議案についての各党の態度をみると自民党と県政会がこれに賛成し、共産党が反対、社会党が継続審議とするとの基本的立場に立つていた。

なお、委員会の審議、採決は非公開が建前で、委員会関係者以外の委員会室への入室は原則として禁止されている。これを傍聴するためには予め所定の手続が必要とされているが、同月五日の総文委採決については、一般傍聴の申請は全くなかつた。

三  本件当日の状況

1  同年七月五日は、翌六日の県議会本会議最終日における議決を控えて、総文委において係属案件の委員会採決をする予定となつていたが、当日は早朝から約二〇〇〇名の地公労傘下の組合員が、第八三号議案に関して知事交渉を求め、これが実現するまでは同委員会の開催を妨害しようとして県庁舎に詰めかけ、総文委の行なわれる県庁舎本館二階の第三委員会室前から自民党控室前にかけての廊下を中心として、その周辺の廊下、階段等を立錐の余地もないほど埋め尽した。そして、これらの組合員が、総文委の小杉委員長をはじめとする自民党委員などが第三委員会室に向かうのを妨害する挙に出たため、総文委は開会定刻の午前一〇時を大幅に過ぎても、当面開会の目処すらつけることのできない有様となつた。

そこで、小杉委員長は、祢津県議会議長に対し、事態正常化の措置をとるよう申し入れを行ない、これを受けて同議長は、同日午後一時三五分ころ、庁舎管理者である前記鶴田総務部長に対し、右趣旨の要請を行なつた。同部長は、右要請に基づいて県警機動隊の出動を求めたため、同日午後二時三〇分ころから、出動した機動隊員によつて、組合員の県庁舎外への排除作業が開始された。

2  一方、同日午前中、県議会議長に対し、地公労議長ら組合幹部役員が直接、又は社会党県議会議員を介するなどして、再三にわたつて知事交渉が実現するよう尽力方の要請を行なつた。そこで、県議会議長も一度は君健男知事に対し、地公労の代表と会つてはどうかとの斡旋をしてはみたが、知事が、もはやこの問題に関して地公労と会う意思のないことを述べてこれを拒否したため、議長は、地公労に対し、それ以上の斡旋の労をとることを断念していた。このようにして、自主的に事態を解決する糸口の見出せない状況下で、前記の機動隊導入となつたのである。

しかし、機動隊の導入については、直ちに社会党県議らを中心に議長に対し、抗議がなされ、併せて、議長に対し、再度知事交渉の斡旋の労をとるよう強い申し入れがなされたが、議長は、前記の知事の態度を伝え、これを断わつた。たまたま議長室に居合わせてこのような議長の態度を見ていた県政会の吉田吉平県議は、地公労の代表と面会するよう自ら知事を説得することを思い立ち、その場にいた社会党、公明党、共産党、民社党県議ら、自民党を除く県議数名とともに県庁内の知事室に向かつた。

同日午後一時四〇分ころ、右吉田県議らが知事室隣の秘書課に到着し、在席していた山田喜六秘書課長に対し、来意を告げたが、知事は、公舎にいるとの返答であつたため、吉田県議は、山田課長に対し、直ちに知事公舎へ電話をするよう求めた。電話に出た知事に対し、吉田県議が、当日朝からの緊迫した事態を告げて、組合は会えば解決するというのだから、組合の代表と会つてはどうかと申し向けたのに対し、当初、知事は、議長にも話してあるとおり会わないとの自己の原則的立場を述べていたが、吉田県議が、さらに事態打開のため会う必要のあることを力説し、会うための条件の提示を求めたところ、知事は、第八三号議案には触れないということで、ごく少数の一般訪問客としてなら断るようなことはしないと回答したので、吉田県議はこの条件を電話口で復唱して確認したうえ、「では、二、三人で行かせるので会つてやつてくれ。」と述べて電話を切つた。

そこで、吉田県議は、傍らにいた社会党県議らとともに議長室に戻り、議長に対して右知事の回答の内容を伝えたところ、議長は、自己に面会しないと明確に述べていた知事がそのようなことを言うはずがないとしてこれを信じようとしなかつたが、吉田県議らに促されて、自ら知事に電話をした結果、吉田県議の話のとおりであることを確認した。そこで、知事面会が可能となつた以上、県庁舎内の組合員は直ちに退去させるとの社会党県議の確約もなされたことから、議長は、同日午後二時四〇分ころ、総務部長に対し、既に開始していた機動隊員による組合員の実力排除を中止するよう要請し、総務部長は直ちにその措置をとつた。

知事面会が可能となつたことは社会党県議から被告人高桑、同木村ら地公労の幹部組合員に告げられ、同時に県庁舎内に立ち入つている組合員を退去させるよう要請があり、地公労側もこれを了承して、その旨の指示がなされ、やがて全組合員が県庁舎内から自主的に退去して県庁前広場に集結した。地公労側では、直ちに知事面会に赴く代表団を組織することになつたが、社会党県議からは、単に知事面会が可能となつた旨の簡単な事情説明があつたにとどまり、前記の吉田県議と知事の電話で話し合われた条件が正確に伝えられなかつたため、右条件に反して三単組から各委員長、書記長(県職労からは委員長、副委員長)の合計六名(被告人高桑、同小沼、同木村がこれに含まれる。)が代表団として知事公舎まで面会に赴くこととなつた。そして、代表団の一員である被告人木村が、広場に集結している組合員に向かつて、知事と団体交渉をしてくるので暫く休憩してくれとの演説をした。一方、この知事面会斡旋の労をとつた前記の県議らの間では、話し合いの結果、社会党県議三名(中川、竹内、権平)が地公労の代表団に付き添つていくこととなり、同日午後三時半ころ、これらの者が、マイクロバス等に分乗して県庁前広場を出発し、知事公舎に向かつた。被告人横川は、他の一般組合員などとともに、拍手でこれを送り出した後、仲間の組合員と雑談するなどして県庁前広場で待機していた。

3  同日午後三時三五分ころ、社会党県議三名と地公労代表団六名が知事公舎に着くと、先行していた前記山田秘書課長が玄関へ応待に出た。訪問した県議らの中では、先ず竹内県議が発言し、用件は何かと問う山田課長に対し、「全野党会派の申し入れを知事が了承したので会いに来た。」と述べて、知事への取り次ぎを頼んだ。山田課長は、代表団の人数が知事と吉田県議の話の中で出ていた二、三人というのと異なつて多数であること、訪れた代表団の一部に鉢巻、腕章の類をしている者がいること、代表団が到着する前に鶴田総務部長から知事公舎へ電話があり、地公労組合員の県庁前広場での集会の模様では、知事と「交渉」をしに行くというような発言が出ており、吉田県議との話とは違う点もあるので、応待に遺憾のないようにとの連絡もあつたことから、話が第八三号議案の問題に及ぶ可能性もあると懸念しつつこの代表団の来訪の様子を知事に告げると、知事も、用件を確認してくれとの意向であつたため、山田課長は、玄関に戻つて、再三この点を確かめた。中川県議などから、退職手当条例の話は出さない、人数も相談にのる、顔を見るだけでよいなどの執拗な申し入れもあり、山田課長は、前後三回位知事と代表団の間を往き来して取り次ぎをしたが、知事の最終的な意向が、顔を見るだけならきようは疲れているし、議長との約束もあり、またすべてに自民党の協力を得てやつていることなので、ここで会うと誤解を招く虞れがあるとのことであつたため、玄関先の社会党県議らにこれを伝えて知事との面会を拒否した。面会を既定のことと考えていた地公労代表団は、予想に反する知事の面会拒否の態度に大いに憤慨し、社会党県議らとともに「議会をなめるにもほどがある。」などと怒声を上げて知事公舎玄関を引き払つたうえ、口々に、「やり直しだ。元の態勢に戻ろう。」などと気勢を上げて、マイクロバスに乗り込み、県庁前広場へ引き返した。

4  ところで、総文委は、第三委員会室周辺の廊下を占拠していた組合員が自主退去したことから、同日午後三時一〇分に、病気入院中の山岸委員を除く全委員が出席して一旦開会されたが、知事面会が可能となつた事態の展開を踏まえて、社会党委員から党議のため時間が欲しいとの申入れがあり、午後三時一五分から、一時間の休憩に入つていた。そして、午後四時一五分の再開時刻を迎えると、前記山岸委員と社会党委員三名を除く全委員及び議会事務局職員が第三委員会室に入室して所定の位置に着席し、出席の遅れている社会党委員に対しては、広井副委員長から電話で出席を促すなどして、その出席があれば直ちに委員会を開会できる態勢でこれを待ち受けていた。同室に設けられている白山側と学校町側の二か所の出入口扉は、いずれもきちんと閉ざされ、その外側に森、豊島、小林(以上、白山側)、中村、大橋(以上、学校町側)の各警備員が概ね扉を背にする形で、配置につき、警備に当つていた(なお、第三委員会室の二か所の出入口は、学校町側が総文委委員等の委員会関係者用として、白山側出入口が傍聴人用として使い分けられている。)。

5  知事面会を拒否された代表団は、同日午後四時一五分ころ、マイクロバスで県庁前広場に戻り、直ちに下車して、一同足早に県庁正面玄関に向かつた。代表団の気色ばんだ様子を見て、直ちにその周辺に集まつて来た組合の役員等に対し、被告人木村ら代表団から「門前払いだつた。やり直しだ、元の状態に戻ろう。」などと今後の方針が告げられ、被告人木村を先頭にして、同所に待機していた五〇〇ないし六〇〇名の組合員がぞろぞろと再び正面玄関から県庁舎内に立ち入つた。前記のとおり、県庁前広場に待機していた被告人横川も、被告人木村から右の発言を聞き、詳しい事情は分からないながらも、代表団を送り出した時とは事態が一変したことを知つて、ともかく自主退去前の、第三委員会室周辺の廊下を占拠していた状態に戻るべく、被告人木村らに続いて県庁舎内に入つた。正面玄関を入つた後、組合員は、県庁舎内を右回り(各党控室のある側)と左回り(県警本部のある側)の二手に分かれてそれぞれ第三委員会室方面に向かつたが、被告人らも県庁舎内に入つてからは、それぞれ別行動をとつて第三委員会室に達した。

被告人らの中で、最初に第三委員会室前に到着したのが、被告人高桑であるが、同被告人は、右回りで第三委員会室に向かつたところ、同室の廊下側の窓が少し開いていて、そこから自民党の委員が着席しているのが見えたため、委員会の開会を待つている雰囲気を感じとり、「知事公舎へ団体交渉をしに行つているのに、陰でこそこそ委員会を開くのか。」などと窓越しに自民党委員に向かつて抗議した。そうこうしているうちに、続々と組合員が同室前に集結してきたが、やがてほぼ自主退去前の状態に戻つたとみた同被告人は、今後の対策の打ち合わせなどのため、社会党控室へ向かおうとして同室前を離れた。そして、県政会控室前を過ぎた辺りで、背後に大声を聞き、何事かと慌てて引き返し、学校町側の出入口の前まで行くと、同所では大勢の組合員が開いている扉から室内をのぞきこんでおり、その頭越しに室内を見ると、既に一部の組合員が入室して、自民党委員と声高に何やら応酬している様子であつた。

次に、被告人横川は、被告人木村に続いて県庁舎に入つたが、途中で同被告人の姿を見失ない、同被告人とは別に、第三委員会室前に向かい、既に同室前にいた約二〇人の組合員と合流した。同室の学校町側出入口扉が少し開いていて自民党委員の着席しているのが見えた。やがて多数の組合員が続々とつめかけてきたが、この間社会党の目黒委員が来て、第三委員会室の学校町側出入口扉を開け、委員会の開会を暫く待つよう述べて再び立ち去つていつた。そのあと間もなくして被告人木村が、県政会控室の側から第三委員会室に近づいて来た。

被告人木村は、一旦知事が会うと約束しておきながら、態度を豹変させて面会拒否の挙に出たのは、本件条例の改正を機に、地公労の交渉権否認等を目論む自民党内の強行派が、知事に働きかけたからに相違ないものと思い、その工作をしたと思われる自民党委員に強く抗議するとともに、この間の事情の釈明を求めようと考えた。そして、その目的のために、県庁舎に立ち入つたあと自民党控室に向かつたが、既に同党委員が第三委員会室に入室していることを知るに及んで、直ちに同委員会室に向かつた。既に約一〇〇名位の組合員が同委員会室前の廊下に集結し、物騒がしい雰囲気となる中を、同被告人は、学校町側の出入口の前を通過し、白山側の出入口へ向かつた。

さらに、被告人小沼は、知事面会が拒絶された事態について、今後如何に対処するか、社会党県議と打ち合わせをするため、県庁舎内に入つたあと、直ちに社会党控室の隣の会議室に向かい、他の地公労役員の来るのを待つたが、一向に来る気配がなく、また、社会党県議も党議中で、面会もできないので、暫くして同室を出て、第三委員会室に向かつた。同委員会室の学校町側出入口からは、約一〇人ほどの組合員が頭を寄せあつて半開きの扉のすき間から室内をのぞきこんでいたが、同被告人はその背後を通つて白山側出入口に向かつた。途中、同室の学校町側の廊下の窓が一部開いているところがあり、通り過ぎるときに中を見ると、委員の入つているのが見えた。また、室内で大声でやりとりをしているのが聞こえてきて、組合員が入室していることも知つた。白山側出入口の前には、大勢の組合員が群がつて、やはり半開きの扉から室内の状況を窺つていた。

(罪となるべき事実)

以上の経過のもとに、被告人四名は、自民党委員らが当日の知事との面会を妨害したとの認識のもとに、同委員らにその旨の抗議をするとともに総文委の開催を妨げようとして、地公労傘下の組合員約二〇〇名と共謀のうえ、同日午後四時二〇分ころから午後四時五五分ころにかけて、新潟県総務部長鶴田寛の管理する新潟市学校町通一番町六〇二番地所在の新潟県庁舎本館二階の第三委員会室に、警備員の制止を無視して、被告人木村を先頭に右約二〇〇名の組合員とともに相次いで侵入し、総文委開会に備えて同室内の所定の位置に着席していた自民党委員に対し、口々に、「騙したな。知事交渉が拒絶されたのはお前たちのせいだ。」、「貴様ら自民党はペテン師だ。」などと大声で罵声を浴びせ、委員席に置いてあつたプラスチツク製の名札で机を叩くなどして、委員長小杉説次郎の再三の退室要求も無視して同室内を占拠し、右委員長をして、当面委員会の開会が困難なものと判断せしめて他の委員とともに同室から退室することを余儀なくさせるなどし、さらにその後も、二か所の同室出入口扉を内側から施錠し、机、椅子を用いてバリケードを構築するなどして県当局の退室要求にも従わず、同日午後五時一五分ころまで同室を占拠して、総文委における第八三号議案の採決等を一時不能にし、もつて、同委員会室に故なく侵入するとともに威力を示して右総文委の業務を妨害したものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  建造物侵入の訴因について

1  弁護人は、被告人四名間はもとより、その他の一般組合員約二〇〇名との間にも、第三委員会室に入室するについての事前の共謀はなく、各被告人らはそれぞれ正当な目的をもつて警備員の制止等も受けることなく平穏に入室したものであるから、被告人四名は本件訴因について無罪であると主張し、各被告人も当公判廷においてこれに沿う供述をしているので、以下この点について判断する。

2  そこで、先ず、被告人四名を含む組合員の入室状況の詳細をみるに、関係証拠によると、次の事実が認められる。

(一) 判示犯行に至る経緯記載のとおり、被告人木村は、被告人横川を含む組合員約一〇〇名が既に第三委員会室前廊下周辺に集結している中を通つて、同室白山側出入口扉に近づくや、同出入口の扉を背に並んで警備に当つていた森秋平と豊島由二の両警備員の間に、身体を半身にして森警備員を押しのけるようにしながら、いきなり割つて入り、両警備員の了解もないのに、扉を開けて第三委員会室に入室した。これを見た同出入口周辺にいた組合員の中から、先ず、当時地公労の幹事をしていた佐々木信義(現高教組書記長)が、被告人木村の入室の直後、慌てて扉に手をかけてこれを閉めようとしていた豊島警備員を押しのけるようにして入室し、これとほとんど同時位に、被告人横川ら数名の組合員がどつと右出入口に殺到し、両警備員が「入らんでくれ。」、「ちよつと待つてくれ。」などと大声で叫んで制止するのも聞かず、両警備員を室内に押し込むようにして入室した。このようにして入室する組合員の勢いに圧倒され、両警備員が同出入口警備の任務を果たせなくなつた状況下で、右組合員の入室に引き続いて、次々に多数の組合員が、同出入口から入室した。

被告人小沼は、右のとおり、被告人木村、同横川を含む一団の組合員が入室し、室内で自民党委員に対し抗議の声を上げているころ、同室前の廊下に達し、同室白山側出入口に到るや、多数の組合員が同出入口に群がつて室内の様子を窺つているのをかき分けるようにして前進し、入室したが、この際、警備員の制止はなされていない。

(二) 一方、同室学校町側出入口では、その付近から被告人木村の入室状況を見ていた佐野達哉(当時高教組執行委員)らが、同出入口扉を背にして警備に当つている警備員大橋仁一郎の制止を無視して勝手に扉を開け、暫く室内の様子を窺つていたが、被告人木村らが、ロの字型に配置されている委員の机の内側に入つて、自民党委員に抗議するのを見るや、大橋、中村両警備員が、「だめだ。」などと叫んで制止するのも聞かず、同人らをも室内に押し込むようにして、付近にいた組合員数名とともに、同出入口から入室し、これをきつかけとして、同出入口からも多数の組合員が次々に入室していつた。大橋、中村両警備員は、室内に押し込まれて後は、入室してくる組合員の流れに抗して脱出するのがせい一杯で、もはや警備の任が果たせない状態であつた。

被告人高桑は、判示犯行に至る経緯記載のとおり、第三委員会室前から一旦社会党控室に向かいかけたところ、背後に大声で何か叫ぶのを聞き、急いで第三委員会室の学校町側出入口前に戻り、同所付近で中の様子を窺つている多数の組合員の背後からその頭越しに同室内の様子を見ると、既に多数の組合員が入室し、一部の自民党委員と声高に口論している状況だつたので、直ちに前にいる組合員をかき分けて前進し、同室内に入室したが、その際、警備員の制止はなかつた。

(三) このようにして早い機会に入室した組合役員の中には、なお廊下にたむろしている多数の組合員に対し、「入りなさい、入りなさい。」などといつて入室を促す者もおり、これに応じて組合員が次々に入室する状況もあつた。

(四) このあとの室内の状況については後に詳述するが、その間入室した組合員の数は、警備員を排除して開け放たれた両出入口の扉から自由に出入りできる状況であつたから、何名の者がどの時点で入室したのかについては、証拠上明確ではないが、判示のとおり、第三委員会室の内部から施錠し、同室を完全に閉鎖して占拠するに至つた段階(同日午後四時五五分ころ)において、その数は約二〇〇名であつた。

以上のとおりの各事実が認められる。

3(一)  被告人ら組合員の入室状況は、以上のようなものであるところ、入室した組合員の先頭に立つた被告人木村の入室の態様は、第三委員会室前廊下に約一〇〇名ほどの組合員が集結し、物騒がしくなるが、しかし誰一人敢えて同室内に入室しようとの動きは示さず、警備員においても、強引に入室しようとする者など出ないものと思つていた矢先、その虚をついて、突然同室白山側出入口扉に近づき、森警備員を押しのけるようにして、同警備員と豊島警備員の間に割つて入り、直ちに入室していつたものである。被告人木村の右行動があまりに突然のことで、この間両警備員において、これに対し十分な制止行動がなされていないのは事実であるにしても、右入室の態様それ自体が極めて不穏当であることに加え、同室内では、病欠中の委員一名と社会党委員三名を除く全委員及び議会事務局職員らが所定の位置に着席し、遅れている社会党委員の出席があれば直ちに議事進行できる状態で待機していたものであり、被告人木村もこれを知つて敢えて入室の挙に出たこと(同被告人自身、当公判廷において、県庁舎内に立ち入つた後、自民党委員が第三委員会室に入室していると聞いて、これは委員会を開くということかなと思つた旨、さらには同室の出入口に警備員が配置についているのを見て、委員会が開会直前の状態にあると分かつた旨供述している。)、委員会の審議、採決は原則として非公開で、関係者以外は、事前に所定の傍聴手続をとらなければ勝手に入室できないことは、同被告人自身過去において度々総文委を傍聴した経験のあることを供述していることから、十分認識していたものと推認されるのに、何らその手続をとらずに入室したことなどの事実を総合すれば、被告人木村の入室の所為が、建造物侵入罪を構成することは明白であるといわなければならない。

(二)  これに対して、被告人木村は、当公判廷において、白山側出入口扉に近づき、同所にいた三人の警備員のうちの一人に対し、「(委員会は)始まつているか。」と聞くと、「まだだ。」との答えであり、そこで、「入つていいか。」と尋ねると、「どうぞ。」というので入室した旨、右認定の状況と全く異なる供述をしており、被告人横川、証人佐々木信義及び同小山正明も、当公判廷において、ほぼこれに沿う供述をしている。

しかしながら、当の警備員である森、豊島の両名は、当公判廷においてそのような事実のなかつたことを明言しており(森については、供述内容が若干曖昧ではあるが、少なくとも被告人木村の入室を許可したことのない点は明確である。)、また右各供述を含む関係証拠によれば、当日は、それまでの経緯から組合員多数が総文委採決の妨害行動に出る懸念があつたため、平素委員会室の警備は実施していないのに、特に四名の警備員(小林警備員が午後四時一五分の総文委再開に備えてあとから増員派遣されたものと認められるので、本件侵入行為のあつた時点では五名となる。)が第三委員会室の警備のために配置されていたこと、そして、その主要な任務は、まさに、本件の如き組合員の入室等による総文委の採決妨害を未然に防止することにあつたと認められるのであるから、多数の組合員が続々と第三委員会室前の廊下につめかけてくるという不穏な状況の中で、被告人木村が、突如入室の挙に出たことに対して、同被告人が供述するように、警備員においてこれを了承するということは、客観的にもあり得ないことといわなければならない(なお、弁護人の主張の中には、白山側出入口の警備に当つていた警備員で、証人として当公判廷には出廷しなかつた小林警備員が、被告人木村の入室を許可した当の警備員であるかの如く示唆する部分もあるが、関係証拠によつて認められる同警備員の警備に当つていた位置は、豊島警備員のさらに右側で、出入口扉からは外れる位置であつたから、被告人木村が入室するに当つて、その供述するようなやりとりを警備員との間でしたとしても、これを、眼前の森、豊島各警備員とでなく、一人飛び越したその隣りの警備員とするというのは、いかにも不自然というほかなく――現に、同被告人もそのように不自然な状況は供述していない。――弁護人の右主張は失当である。)。

被告人木村の弁解及びこれと同旨の前記各供述は、このような当時の客観的状況からみて、明らかに不自然、かつ、不合理であり、にわかに措信し難い。

4  次に、被告人木村に続いて入室したその余の被告人三名を含む組合員らの入室状況についてみると、被告人木村の直後に白山側出入口から入室しようとした前記佐々木及び被告人横川ら数名の組合員と、学校町側出入口から先頭になつて入室した佐野ら数名の組合員に対して、両出入口の警備に当つていたそれぞれの警備員から明確な制止行動があつたことは前認定のとおりであるが、このとき、これら警備員は、いずれも組合員の勢いに押されて室内に押し込まれるなどしたため、その後は引き続いて入室してくる多数の組合員の流れに抗して出入口の外へ出るのがせい一杯で、もはや十分な制止行動を行なうことができない状態となつたのは前記のとおりである。

ところで、右被告人横川及び佐々木、佐野は、いずれも自己に対しては警備員から特段の制止行動はなかつたかのように供述するが、被告人木村の項で記したと同様、当の警備員自身の供述とその他の関係証拠によつて認められる当時の客観的状況からみて、右組合員の供述はにわかに措信し難く、これら三名は、各警備員が「待つてくれ。」などと述べるなどして入室を制止したにもかかわらず、敢えて入室の挙に出たものと認めざるを得ない。

5  そして、右三名とほぼ同時にそれぞれの出入口から入室した組合員数名については、右三名の場合と同様、警備員の制止行動が行なわれているのを十分認識しながら敢えて入室に及んだものと認めることができるのに反し、その後入室した多数の組合員に対しては、もはや警備員による十分な制止行動が行なわれてはいないといわざるをえないが、しかし、関係証拠によれば、右入室した組合員は、いずれも当日動員された約二〇〇〇名の組合員の一部であり、組合が強く反対している第八三号議案の審議日程や同議案が総文委等で採決に入れば直ちに可決されることを明確に認識し、当日早朝から県庁舎内に立ち入つて、その開会を妨害したうえ、その後一旦は庁舎外に退去したものの知事面会の不調を察知し、口々に「元の状態に戻ろう。」などと声をかけあつて、再び一団となつて県庁舎へ立ち戻つたことが認められるのであり、またこれらの者も所定の手続をとらなければ、平穏な傍聴のためであつても、委員会審議、採決の場である第三委員会室には入室できないことを十分認識していたものと推認されること(現に、当日早朝からの総文委開催に対する妨害行動をみても、廊下等に滞留して委員の通行を妨害することはあつても、第三委員会室を占拠してこれを妨害する如き行動には出ず、そこに一定の限界線を画していたことが窺われるし、本件直前に同室前の廊下に集結していた約一〇〇名の組合員も、被告人木村が入室するまでは何ら入室しようとの動きを見せてはいない。)、その他後述する入室後の組合員の行動等に照らせば、警備員の制止の有無にかかわらず、同人らが建造物侵入の故意を有し、かつ、その入室の所為が建造物侵入罪を構成することは動かし難いところというべきである。

6  次に、各被告人間及び入室した約二〇〇名の間における共謀の有無についてみると、本件は知事面会が予期に反して不調に終つたことに起因する突発的な事件であり、したがつて、被告人木村らが、知事公舎から県庁前広場に引き返し、さらに引き続いて本件が発生するまでの間において、右関係者間で本件を敢行することに関し具体的、かつ、明示的な共謀がなされた形跡のないことは、弁護人主張のとおりである。

しかし、関係証拠によれば、知事公舎へ赴いた組合役員の間では、それまでの事態の推移から、知事が一旦会うと約束しておきながら、これを翻して面会拒否の態度に出たのは、裏で自民党の強硬派の画策があつたものと考え、自民党委員に抗議をしようとの共通の認識に達していたものであること、県庁前広場で代表団が帰るのを迎えた他の一般組合員も、代表団の様子から事態が組合にとつて不利に進行していることをいち早く感じとり、退去前の状態、即ち総文委の開会妨害に向けて、ほぼ一団となつて県庁舎内第三委員会室周辺に向かつたこと、そしてそのような状況下で被告人木村が同室に侵入するや、これに呼応して、前記のとおり、所定の手続を経なければ入室ができないのを承知のうえで、次々と多数の組合員が入室したものであること、その後、これら多数の組合員で室内を占拠し、後記のとおり、組合役員が一部の自民党委員に大声で抗議するのに応じて同様抗議の声をあげたり、自民党委員を野次るなどして組合役員と一体となつた行動をとり、ついには小杉委員長をして退室するのやむなきに至らしめ、その後も同室の占拠を継続して、機動隊が出動したのを知るや、相協力して両出入口扉を施錠したうえ、バリケードを築いてこれに抵抗するなど集団として連係のとれた行動をとつていること、被告人木村らの入室からやや遅れて入室した者も、第三委員会室の周辺の廊下等にいて同室内の状況は、各自入室に際し、既にそれぞれ十分認識していたと認められること(両出入口の扉は、先に入室した組合員により、被告人木村らの入室後ほどなくして、どちらも大きく開け放たれ室内の様子は容易に認識しうる状況にあつた。)などの諸事情に徴すれば、被告人木村ら四名の間はもとより、これと相前後して同室内に侵入した約二〇〇名の組合員間にも、本件犯行に関し、順次通謀がなされ、共同して第三委員会室を不法に占拠し、総文委の開会を妨害しようとの意図があつたことは明らかであり、したがつて、これらの者の間における共謀の存在は、優にこれを肯認することができる。

被告人木村は、自己に続いて他の組合員が入室してくるのは予期していなかつたと弁解するが、同被告人は、結局あとから入室した組合員と一体となつて自民党委員に抗議し、或いは、これら組合員に向かつて、知事公舎での面会拒否の状況を報告するなどしているのであるから、同被告人が、自己の入室後の事態の推移を入室に先立ち予期していなかつたからといつて、共謀の成立を否定することはできない。

二  威力業務妨害の訴因について

1  弁護人は、総文委の審議、採決等の行為は、刑法二三四条の「業務」とはいえず、また、仮にこれに該当するとしても、同委員会は、被告人らの入室当時休憩中であり、一部の委員が着席している事実があつたにしても、現実には社会党委員が出席することは考えられなかつたのであるから、直ちに開会される可能性はなかつたもので、法の予定する「業務」は、本件当時存在していなかつたというほかなく、加えて、被告人ら組合員の入室後の行為態様をみても、たかだか五分程度、一部の組合員が、室内の自民党委員との間で声高に口論したという程度で、「威力」を用いたというにはほど遠く、また、そもそも被告人ら組合員は、委員会審議を妨害するとの認識を欠いていたのであるから、故意も共謀もなかつたというべきであると主張し、各被告人も、当公判廷において、これに沿う供述をしているので、次にこの点について判断する。

2  先ず、総文委の審議、採決の性質であるが、これが非権力的職務であつて、威力業務妨害罪の対象となるものであることは、敢えて多言を要しないところであり、弁護人の主張は、独自の見解にすぎず採用の限りでない。

ところで、被告人らの侵入当時の第三委員会室内の状況は、判示のとおり、既に開会予定時刻も過ぎ、定足数(関係証拠により八名と認められる。)を優に満たす委員が出席し、あとは社会党委員を待つて開会を延ばしていたのであるから(関係証拠によれば、広井副委員長からの出席の催促に対して、社会党の目黒委員が、被告人らの入室直前に、第三委員会室学校町側出入口付近から顔を出して、「事情が変わつたようなので、ちよつと待つてくれ。」などと手短かに用件を告げて立ち去つたことが認められるが、出席委員は、これを了解したということはなく、再度直ちに出席するよう要請しようとしていたところへ被告人らの乱入があつたものである。)、単なる休憩中の状態でないのはもとより明白であり、また、翌日の本会議に間に合わせなければならないという時間的な制約のあつたことも考え併せると、社会党委員の出席のないまま開会して、今後の議事進行の方法、或いはさらに第八三号議案の取り扱いについて審議することも十分あり得たのであるから、直ちに議案に関する採決をするか否かはともかくとして開会の可能性がなかつたとはいえない。したがつて、同委員会室内における右の状況が「業務」中であることは明らかであり、弁護人の主張は失当である。

3  次に、被告人ら組合員が侵入した後の第三委員会室内の状況と同室内の組合員が機動隊員によつて排除されるまでの経緯についてみるに、関係証拠を総合すると、次のとおりの事実が認められる。

(一) 被告人木村とこれに続いて侵入した佐々木、被告人横川らは、同室学校町寄りにロの字型に配置された委員席の机の内側に入り込み、古川、熊倉ら自民党委員の前に進み、これらの委員に対し、被告人木村が、「自民党騙したな。」、「知事交渉が拒絶されたのはお前たちのせいだ。」などと大声で抗議し、同被告人の周囲に集まつてきていた組合員が、これに同調して、前記自民党委員らに対し、口々に非難の声を浴せた。

これに対して、抗議を受けた右自民党委員も立ち上つて、「裏切つたことはない。」、「委員会室に入るのは許せない。出て行け。」などと強く応酬し、これに刺激された組合員が、さらに反論し、野次を飛ばすなどしたことから、室内はこれらの怒声の飛びかう騒然とした雰囲気となつた。轡田委員の前にいた組合員は、同委員と、机に置いてあつたプラスチツク製の名札の取り合いを演じ、これを取り上げるや机に叩きつけるなどの行為に及び、そのころ他の場所でも組合員によつて同様名札を机に叩きつけるなどのことが行なわれている。

このような状況を見て、広井副委員長は、直ちにこの事態を県議会議長に報告する必要があると考え、組合員の間を縫うようにして辛うじて第三委員会室から脱出して議長室に向かい、議長に対して直ちに打開策を講じるよう要請した。

(二) 一方、第三委員会室では、このころ社会党の中川、大平両県議が入室して、委員長席の横の椅子に腰かけ、知事面会が不成功に終わつた経緯を報告しようとしたが、古川、轡田ら自民党委員から、「ここはそのような場ではない。」との強い発言があり、小杉委員長も同趣旨の発言をしてこれを制止したので、中川、大平両県議は、別室で吉田(吉)委員らと今後の対応を協議すべく、同委員とともに退室した。

(三) 小杉委員長は、室内に乱入した組合員に向かつて、三回ほど退去要求をしたが、全く聞き容れられる様子もないため、委員会開会を断念し、他の自民党委員数名とともに退室して、同党控室に戻り、他の同党県議の意見も聴いたうえ、事態の報告のため議長室に赴いた。

(四) 議長は、総文委委員等から寄せられた情報を検討した末、事態打開のためには、県当局に正常化の措置をとることを要請する必要があると判断し、同日午後四時二五分ころ、鶴田総務部長に対し、その旨の要請を行なつた。そこで、同部長は、警備員らとともにハンドマイクを使用するなどして、第三委員会室へ通じる廊下を占拠している組合員らに対し、庁外退去を呼びかけたが、逆に組合員から、「ばか言うな。」、「帰れ、絶対動かん。」などと怒鳴り返される状態で、一向に退去する気配がないため、到底県職員の手によつては組合員を退去させることはできないと考え、機動隊の出動を要請した。機動隊は、同日午後四時五五分ころ、県庁舎に到着し、県職員とともに、「退去命令」などと記載した布を掲げ、或いはハンドマイク等を使用して退去命令を通告した後、廊下を占拠している組合員から排除を進めた。

(五) 小杉委員長退室のあとの第三委員会室では、被告人木村が、知事公舎での顛末を同室内の組合員に向かつて手短かに報告し、そのあと、他の委員が退室した後も一人室内にとどまつていた自民党の遠山委員と組合役員が話をしていたが、やがて同委員も退室していつた(午後四時四四分ころ)。

(六) このようにして、委員がいなくなつた第三委員会室には、被告人三名(なお、被告人高桑は、遠山委員退室後まもなく社会党控室に向かおうとして同室を出たが、警察官によつて県政会控室横の階段に張られた警察の阻止線の外へ排除された。)と組合員約二〇〇名が残つて、占拠を続けていたが、やがて、前記のとおり、廊下の組合員を排除しながら同室方向へ進んでくる機動隊の動きを察知するや、室内の組合員が、両出入口の扉を内部から施錠して閉ざし、室内の机や椅子を用いて両出入口にバリケードを構築し、機動隊の入室を阻止しようとした。

(七) 廊下の組合員の排除を終わつて第三委員会室前に進出した機動隊は、さらに同室前で、ハンドマイクを用いて同室内部の組合員に対し、退去を命じたが、組合員らがこれに応ずる気配がなく、また鍵を用いても同室出入口の扉が開かない状態となつていたことから、県当局とも相談のうえ、扉を破壊し、実力で室内の組合員を排除する方針をとり、隊員が、各出入口扉を足で蹴破り、出入口付近のバリケードを崩して同室内に入室した。そして、室内にいた被告人高桑を除く三名の被告人をその場で逮捕し、その他の組合員を同室から排除した。

(八) 本件によつて開会の遅れた総文委は、同日午後八時三〇分ころ開会され、午後九時四〇分ころ、第八三号議案を含む係属案件の採決をすべて終了して、この日の日程を終えた。

以上のとおりの各事実が認められる。

4  そこで、右入室した被告人ら組合員の行為態様を検討するに、右のとおり、被告人木村とこれに続いて委員会室に侵入した組合員の一部は、委員会開会のため待機中の自民党委員に激しく抗議し、周辺の組合員が、これに同調して同委員らに向かつて同様の抗議をするなどして喧騒にわたり、小杉委員長の退室要求を無視して同室内に滞留し、同委員長をはじめとする委員をして開会不能として退室するのやむなきに至らしめ、さらに警察の退去命令に対しても、出入口扉を内側から施錠し、バリケードを作るなどして抵抗し、同室を占拠してこの間総文委の開会及びこれに続く予定の審議、採決を不能にさせたものであるから、これら被告人ら組合員の所為が、「威力」を用いて委員会の業務を妨害したことは明白であるといわなければならない。

弁護人は、被告人ら組合員が、小杉委員長退室後も第三委員会室にとどまつたのは、同委員長が、「待つていてくれ。」と発言して退室したので、知事面会が不成功に終わつたことについて、議長を中心に各党間で話し合いが行なわれ、やがて同委員長などから然るべき回答があるものと考えて待機していたものであるとして、右認定の事実と異なる事実を主張し、各被告人らも当公判廷において一様にこれに沿う事実を供述しているが、当の小杉委員長自身、当公判廷においてその趣旨の発言はしていない旨明確に否定しているところであり、さらに客観的にみても、それまで再三室内の組合員に向かつて退室を求めていた同委員長が、にわかに態度を改め、組合員に対し、弁護人主張の如き発言をすることは、極めて不自然なことである。また、現に、同委員長の退室後の行動をみても、前記認定のとおり、議長に対し、正常化の措置をとるよう要請するなど、組合員の排除に向けての行動をとつたことはあつても、第三委員会へ再び戻つてその場の組合員と話し合いをしようとの右発言を裏づける如き態度をとつた形跡は証拠上全く見出せないのであるから、弁護人の前記主張に沿う証拠はいずれも措信することができない。小杉委員長退室後、最終的に機動隊によつて室外に排除されるまで、被告人ら組合員が、第三委員会室の占拠を継続した点についても、それ以前の行為と同様、一連の行為として把え、これをも含めて建造物侵入罪及び威力業務妨害罪の成立を肯定すべきものである。

5  次に、被告人らに総文委の審議妨害の故意はなく、また、被告人間はもとよりその他の組合員との間にも共謀はなかつたとの主張についてみるに、関係証拠の中には、これに沿う証拠も一応存在するけれども、判示のとおり、当日約二〇〇〇名もの多数の組合員を動員して県庁舎内に滞留した地公労の目的は、基本的には総文委の審議、採決の妨害にあつたといわざるを得ないものであり、ただその方法については、委員が入室するのを廊下等で通行妨害する等消極的なものにとどめる意図のあつたことも窺われるものの、一旦開催されるかにみえた知事面会が実現せず、しかも、組合側が右面会に出かけるため県庁舎から退去している時間帯と総文委の開会時刻とが重なつたために、組合員側としては、自民党県議が組合を陥れようとしたものと思い込み、前記の基本方針を貫徹するため、被告人木村において、右策謀を図つた中心人物とみた自民党の総文委委員に対する抗議と委員会開催妨害のために第三委員会室に侵入し、その余の被告人三名を含む多数の組合員が、直ちにその意を察して、これに従つたものと認められるので、自己らの行動が総文委の審議を妨害するものであることは、各自充分に認識し、相互に意思を通じていたものというべきであり、前記弁護人の主張は失当である。

三  その余の弁護人の主張について

1  弁護人は、被告人らの組合員の本件行為は、違法・不当な本件条例に関し、県議会の関与のもとに設定された団体交渉である知事交渉を、背後で妨害する工作をした自民党委員に対して行なわれた抗議と求釈明の行動であるところ、それらの委員には、団体交渉権の侵害者として労働組合からの相当な対抗措置を甘受すべき義務があつたというべきであるから、被告人らの行為は、その動機・目的において正当であり、その手段も相当な範囲を越えておらず、かつ、実害もなかつたと認められるから、正当行為として無罪であると主張する。

しかしながら、関係証拠を精査検討しても、弁護人の主張の前提をなす自民党委員が知事面会の妨害工作を行なつたとの事実を認めるに足りる証拠は、これを見出すことができない。

即ち、関係証拠によると、君知事は判示の吉田県議からの電話で、当日朝からの県庁舎内の混乱の模様を聞かされ、地公労が強く求めている自己との面会を受け入れれば、この混乱に終止符を打てるとの切羽詰まつた状況にあることを知つて、特に、判示の条件を付すことによつて、それまで拒否してきた地公労代表との面会をやむなく了解したものであり、同知事は、その後、山田秘書課長や祢津県議会議長からの確認の電話に対し、いずれも吉田県議との間で交わした話の内容をそのまま伝えて、一定の条件のもとに組合の者と会う意思のあることを表明し、この間何ら意を翻した形跡は窺えない。

ところが、結果としては、判示のとおり、地公労の代表は知事と会うことができなかつたのであるが、その理由は、証拠上以下のとおりと認めるのが相当である。即ち、知事と吉田県議との間で話に出た組合員が知事に面会するための条件とは、条例の話はしないこと及び二、三人の者が通常の一般客として訪問するということであつたが、被告人木村が知事公舎へ向かうに当つて、組合員に対して「知事交渉に行く。」と発言していること(この点は、これを聞いた鶴田総務部長から知事公舎の山田秘書課長に直ちに電話で連絡されている。)、代表団は、各単組二名の合計六名で、他に社会党県議三名が付き添つていること、代表団の中の一部の者が、鉢巻や腕章をしていたこと(この点は、代表団と応待中の山田秘書課長から県庁内の鶴田総務部長に対し、どのように応待を進めたらよいかについて意見を求める電話をした際、来ている代表団の服装ということで鶴田総務部長に告げられているのであるから、その着用には疑う余地はない。これに反する証拠は措信し難い。)、これらの状況等から、面会した場合には、必然的に話が条例の問題に発展する可能性が予想されたことなどの諸点において、前記の条件に反する部分があり、応待に当つた山田秘書課長からその報告を受けた君知事は、当日朝、県議会議長からなされた面会斡旋も拒否している手前、条件に反した面会をすることによつて、議会筋に無用の誤解が生まれることを強く懸念し、山田秘書課長を通じ、面会を断わつたものと推認されるのである。

君知事が面会を断わつた理由についてこのように推測することは、山田秘書課長が聞いた同知事の発言内容からみて合理的で疑問の余地はなく、その間、面会しないようにとの自民党筋からの強い働きかけがあつたとの事実は、全証拠を精査しても未だこれを首肯するに足りない。仮に、そのような働きかけの結果知事が面会を拒否したというのであれば、面会が設定された経緯からみて、地公労の代表団が憤慨して県庁舎に引き返し、挙句の果ては自主退去以前の状況よりも一層混乱した状態が生じることは必定であつたから、自民党の側にもこれに対して一定の対策を講じるなど相応の動きがあつてしかるべきものと思われるのに、代表団が帰庁すると考えられるちようどその時刻に、自民党を含む大多数の総文委委員が漫然開会を待つて待機するなど、証拠上何ら特異な状況が認められないことに徴しても、弁護人の主張する如き事実はなかつたものと断ぜざるを得ない。

また、当時被告人らが、自民党筋の働らきかけがあつたものと思い込んでいたからといつて、他にとるべき方法がなかつたとはいえず、本件犯行の規模、態様等に照らせば、被告人らの本件行為が、正当行為として容認されるべき相当な範囲を著しく逸脱した違法なものであることは、多言を要するまでもないところというべきである。

2  さらに、弁護人は、本件公訴は、地公労の弾圧を企図して被告人らを政治的、社会的に差別する目的で提起されたものであり、公訴権を濫用したものというほかないから、公訴棄却の判決をすべきであると主張するが、関係証拠を検討しても、検察官がことさら被告人らを差別する目的で公訴を提起したものとは認められず、その他本件公訴の提起が、検察官の訴追裁量を逸脱し無効であると認めるべき事情も存在せず、したがつて、この点に関する弁護人の主張もこれまた失当である。

(法令の適用)

被告人四名の判示所為のうち建造物侵入の点はいずれも刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、威力業務妨害の点はいずれも刑法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、各被告人をいずれも一罪として犯情の重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、所定刑中、被告人木村につき懲役刑を、その余の被告人三名につきいずれも罰金刑をそれぞれ選択し、その刑期及び金額の範囲内で被告人木村を懲役五月に、同高桑、同小沼及び同横川をそれぞれ罰金二〇万円に処し、被告人高桑、同小沼及び同横川において右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、被告人木村に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間その刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人四名に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人四名が、約二〇〇名位の多数の組合員とともに、開会直前の状態で委員長はじめ大部分の委員が待機していた県庁内第三委員会室内に、警備員の制止をきかずに乱入し、同室内において、自民党委員の一部に対し罵言を浴びせるなどして喧騒状態を惹起し、機動隊が出動したのを察知するや、同室出入口扉を内部から施錠し、バリケードを構築するなどして約一時間にわたつて同室を占拠し、この間予定されていた総文委の第八三号議案についての採決等を実力で妨害したという事案である。被告人らの所為は、本来県民代表が言論により平穏に県政の審議を行うべき場を、衆を恃んんで蹂躪したうえ、機動隊をして委員会室の一部破壊、強制排除を余儀なくさせるなど、あるべき労働運動の範疇を著しく逸脱したものであつて、犯行の規模、態様及び県民に与えた影響等をも考慮すると、誠に重大、かつ、悪質な犯行というほかない。

特に、被告人木村は、事態収拾のため漸くとりつけた知事面会が、後述するように自らにとつては納得し難い理由であつたにせよ、拒否されたことに対する憤激から、組合の指導者としての冷静な判断を怠り、自ら他に率先して第三委員会室に乱入し、これを契機として本件を惹き起すに至つた点、その犯情は他の被告人に比して一段と悪質で、その刑責は、決してこれをゆるがせにすることができないものといわなければならない。

しかしながら、他面、本件が発生するに至つた発端は、判示のとおり、当日、知事が一旦面会すると約束しておきながら、結果的には、これを翻して面会を拒否する態度に出たことにあり、その理由が、既に詳細に記載したとおり、知事側にとつてやむを得なかつたものであるにしても、被告人らにおいては、そもそも吉田県議と知事との間でとり交わされた面会のための条件なるものを詳しく了知していなかつたのであるから、知事の態度に納得がいかず、ひいては、当時の客観的情勢から、これを自民党強硬派による策謀と一途に思い込んで立腹したのも、あながち理解し得ないものでもなく、しかも、偶然とはいえ、被告人らが県庁舎内に引き返したのと総文委の再開時刻が重なり、外見上、いかにも被告人らの不在を狙つて総文委が再開されようとしているかに見えたため、被告人らが一層憤慨し、本来とるべき正当な方途を忘れて、ひとえに委員会再開の実力阻止と自民党委員に対する抗議等の目的で乱入するに至つたものであり、本件は行き違いと偶然の重なつた、ある意味では関係者全員にとつて不幸なできごとであつたとみることもできないではない。

このように、本件には偶発的要素が多分にあり、少なくとも予め仕組まれて敢行されたものとは認められず、知事面会にかけた大きな期待が、被告人らとしては納得し難い状況で不調に終わつていることなど被告人らの当時の心情にも若干酌量の余地があり、更に、被告人らの生活歴及び組合指導者としてのこれまでの実績、各被告人とも従前格別の刑事処罰を受けていないこと及び被告人木村を除くその余の被告人三名についてみると、本件発生に至る経緯や委員会室内における本件関与の程度、具体的行動等において、被告人木村とは格段の差異があるうえ、同被告人ら三名は、いずれも既に本件により県当局から相応の制裁を受けていること(被告人高桑が停職六月、同小沼が同五月、同横川が同三月)など被告人らについてそれぞれ斟酌すべき事情もあるので、これらの諸事情一切に、本件処罰が及ぼす被告人個人や社会に対する影響等をも併せ考え、主文のとおりの量刑をした次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

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